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クロスカントリーで起きたトラブル。

夕暮れ、着陸進入中のコックピットから見える滑走路灯
News from Canada — Drumheller Cross-Country

クロスカントリーで起きたトラブル。
誰もが陥る甘い罠。

帰投にあたって、当初は十分な時間的余裕があった。ただ、向かい風と、思いのほか広がった雲。着陸する頃には夜に差し掛かるところで、あたりも徐々に暗くなり始めていた。これは誰にでも起こりうる、クロスカントリーの現実です。

カナダ・アルバータ州 ドラムヘラーへのクロスカントリーにて

訓練生のフライトに同乗して、2度目のクロスカントリーで起きたこと

今回のカナダ滞在中、訓練生のフライトに2回同乗する機会がありました。1回目は特に大きな出来事もなく終わりましたが、2回目のクロスカントリーで、いい意味での「トラブル」が起きました。

目的地はアルバータ州のドラムヘラー。恐竜の化石で知られる、独特のバッドランズ地形が広がる街です。現地には30分ほど滞在し、給油とブリーフィングを済ませて折り返す計画でした。

当日の状況

・出発時点では、帰投までの時間的余裕は十分にあった

・現地に30分ほど滞在し、折り返しの計画を確認

・帰路、向かい風が強まり、思いのほか雲も広がり始めた

・着陸する頃には夜に差し掛かるところで、あたりも徐々に暗くなっていた

機長席には訓練生。私は後席に同乗する立場でした。離陸前、彼の教官から私の携帯に一通のテキストが届いていたのを、今でもよく覚えています。

地上とのやり取りが、静かに状況をコントロールしていた

離陸してしばらくすると、私の携帯に教官からテキストが届き始めました。「もうすぐ暗くなる」という短い一言から始まったこのやり取りは、着陸まで途切れることなく続きました。私は後席から、教官からのメッセージを必要な箇所だけ彼に伝えました。実際にやり取りされたメッセージを、一部そのまま載せておきます。

読んでいただくと分かる通り、教官は終始落ち着いていました。「風は穏やか」「レーダーで見えている」「タワーは待ってくれる」「暗くなるのは公式には22時からだから問題ない」。事実を淡々と積み重ねることで、機上の緊張を少しずつ解いていく。これは声を荒げて指示するのとはまったく逆のアプローチです。

一方で、機上では別のことが起きていました。訓練生の操作に、小さな変化が現れ始めていたのです。

機上で見えていた、焦りのサイン

・トリムがなかなか安定しない

・高度の維持に細かいブレが出始める

・返答や操作のタイミングが、いつもよりわずかに早い

向かい風でGPSのETAが伸び、思いのほか雲も広がっていく。この二つが同時に進行する中で、彼の中に焦りが生まれていたのは間違いありません。声には出さなくても、操作にはっきりと表れていました。だからこそ私は教官に「彼は少し焦っている、自分もパイロットだから分かる」とだけ伝えました。それ以上、機内で彼に直接言葉をかけることはしませんでした。

なぜ私は、機上で何も言わなかったのか

無事に着陸したあと、教官はこう言いました。「Randyがいてくれて良かった。何より、彼が訓練の基礎を忘れずに、飛行に集中し続けたことが誇らしい。」そして続けて、こう付け加えました。「俺は怒らない。ただ、なぜ今回のことが起きたのかをちゃんと理解させる。何よりもそれが一番の学びだから。」

コックピットで着陸進入する2人のパイロット、後ろ姿

着陸進入中の機内。訓練生と、後席から状況を見守る立場

その夜、教官と飲みながら、私はある話をしました。なぜ機上で彼に何も言わなかったのか、と。

Randy

“You know, why I didn’t say anything to him in the plane. Coz everything is his PIC, everything his own risk, everything his task. Means Pilot in Command. That’s why.”

教官

“Absolutely, that is why he has landed safely.”

PIC(Pilot in Command)、Risk、Task。この3つは、角度を変えた「責任と覚悟」だと思っています。そして、この夜の会話で改めて確信したのは、責任と権限は、常に同時に存在するということです。

批判覚悟で

経験のある同乗者ほど、口を出したくなる場面はいくらでもあります。トリムが安定しない、高度がブレる、焦りが見える。「ここをこうしろ」と言いたくなる瞬間の連続でした。ですが、そこで介入してしまえば、彼は「自分で判断して帰ってきた」経験ではなく、「言われた通りにやって帰ってきた」経験になってしまいます。

権限を握ったまま責任だけ本人に負わせる。あるいは責任を取らないまま権限だけ振りかざす。そうした指導者は、業界にはいくらでもいます。今回のケースが美しいのは、教官も私も、権限を行使したくなる瞬間に、それを意図的に手放したからです。訓練生に、権限と責任をまるごと預けました。

英語力は、他者と秩序を守る責任である

あの夜の会話には、もうひとつ大事な話がありました。教官が「怒る基準」について話してくれたのです。

教官

“I don’t get angry easily. But when it involves risking someone else’s safety, or when the order of things is about to break down — that’s when I do.”

この基準に対して、私はこう返しました。

Randy

“English skill saves the other, and provides safe flight and safe system. But when they don’t have English skill for training, it means involving the other’s safety and the system.”

教官は、この一言にとても感動していました。個人の技量不足やその場の焦りは、怒る対象ではない。しかし「他者」を危険に巻き込む可能性がある行為だけは別。この線引きと、英語力の話が、まったく違う角度からぴったり重なった瞬間でした。タワーや他機の交信を理解できないというのは、単に自分が困るだけでなく、周りのトラフィックや空域全体という「秩序」を危険に晒す行為になります。

「完璧な英語」ではなく、「聞き返す姿勢」

ただし、この話には続きがあります。教官はこうも言っていました。

教官

“No need to speak perfect English, just try to understand, try to speak. And when you don’t get it, just say ‘say again please’ or ‘can you teach me again.’ These will save all of the other.”

「聞き返す」という、最強のCRM

分からないことを分からないまま流すこと。それこそが、他者を巻き込むリスクの正体です。逆に言えば、「聞き返す」という一見弱く見える行動こそが、秩序を守る最前線の行為になります。

英語力の欠如が引き起こすリスクの構造(Randy(谷口)の視点)と、そのリスクを潰すために誰でも今日からできる具体的な行動(教官の視点)。この両方が揃って初めて、「怖い話」で終わらず「今日から変われる話」になります。

「大事なことだから一回しか言わない」への違和感

ここまで書いてきた「怒らない指導」「Say again pleaseが救う秩序」は、正直なところ、日本の操縦訓練や教育の現場ではあまり馴染みのない考え方かもしれません。日本では「大事なことだから一回しか言わないぞ」という姿勢が、指導の厳しさや信頼の証として語られることがよくあります。

批判覚悟で

正直に言います。私はこの「大事なことだから一回しか言わない」という考え方に、強い違和感を持っています。大事なことなら、毎日しつこく言ってくれというのが本音です。自分で満足して、自分の尺度で人の理解を促すな、と思っています。

よくあるやり取りを思い浮かべてみてください。

「この前教えたからね?なんで何回も聞くの?」

「あんたが教官だからやん。だから何回も聞くねん。何が悪いん?伝える責任、理解させる責任を放棄せんといてくれやで。」

生徒が同じことを何度も聞くのは、能力不足の証明ではありません。教官という役割そのものへの信頼と依存の表れです。「何回も聞かれる」ことに苛立つ指導者は、実は「教える」という行為を、一回のインプットで完了する作業だと勘違いしています。理解は反復と定着のプロセスであって、それを支え続けるのが教官の役割のはずです。「教えた」という行為の主語が指導者にあるなら、「理解できたかどうか」の結果責任も、指導者側にある程度あるはずです。

もしこの記事を読んでいて、日本国内で訓練している人がいるなら、ぜひこの記事を担当の教官に読ませてあげてください。否定的な意見や反対な考えは、むしろ建設的な会話になります。それこそが、訓練環境を変えてくれます。

VFRを舐めてはいけない

今回の状況を難しくしていたのは、日没が近づいていたことだけではありませんでした。思いのほか雲が広がってきて、全体的に視界そのものが悪くなっていたのです。時間的な要因と、視界という気象的な要因が、同時に進行していました。

薄暮の中、翼越しに見えるアルバータ州の農地、目立った目標物のない地形

似たような畑が延々と続く地形。目立った目標物がないまま、光がゆっくりと失われていく

※機材の関係で明るく撮影していますが、実際の体感としてはもう少し暗い状況でした。

カナダのような広大な国土では、そもそも昼間のVFRでも目標物を見つけにくい場面が珍しくありません。畑と平原が延々と続き、目印になるのは木か、農家にある水タンクくらい。そこに薄暮と雲が重なれば、視界に頼るVFRという資格の性質上、できることは限られてきます。

VFRは、「見て飛ぶ」ことが前提の資格です。その視界そのものが失われ始めたとき、それ以上の対応手段は、VFRの範囲内にはありません。

今回は幸い、教官の的確なサポートと訓練生自身の踏ん張りで、無事に着陸できました。ですが、こうした急な天候の変化や、VFR維持が困難になる場面で本当の力を発揮するのが、IFR(計器飛行証明)です。視界に依存しない飛行技術を持っているかどうかは、こうした場面での選択肢の数そのものを変えます。

計器飛行証明(IFR)のイメージ
Next Step 視界に頼らない飛行技術、IFR(計器飛行証明)とは何か

今回のフライトを振り返って、改めて思うことがあります。PPL(自家用操縦士)の一番の目的は、突き詰めれば「安全に離着陸ができること」に尽きるということです。

向かい風、思いのほか広がった雲、迫る日没。想定外の要素が重なる中で、彼はトリムの乱れや高度のブレという形で焦りを見せながらも、最後まで基礎を崩しませんでした。地上からの的確なサポートと合わせて、無事に、そして自分の判断で帰ってくることができました。

Conclusion

彼がそれをやり切れたのは、日頃の訓練に対する姿勢と、教官との間に積み重ねられた相互理解と信頼があったからに他なりません。

誰もが陥る甘い罠の中で、彼はきちんと踏みとどまりました。それは、褒められるべきことです。

夜、教官と肩を組んで撮影した記念写真

私たちは見捨てない。上空でも、地上でも、常に一緒だ。

あなたの力を必要とする人、地域、社会が、
世界にはまだまだあります。

これは留学や就職の斡旋ではなく、正しい設計の相談です。クロスカントリーの現実、訓練環境の選び方、教官との信頼関係の築き方——合わないと判断すれば、正直にそうお伝えします。

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この記事の著者

谷口 一貴

谷口 一貴

株式会社SMART FLIGHT 代表取締役

元海上自衛隊潜水艦乗り。航空学生を3度受験するも合格叶わず。退官後に単身渡米し操縦免許を取得。自身の飛行時間は200時間ながらも、カナダ・アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド・フィリピン・マレーシア・シンガポールを含む世界100校以上のフライトスクールを直接視察。海外訓練の費用メリットが帰国後の書換や免許取得後のコスト構造で消えるという現実を自ら経験し、さらにパイロット不足の本質的な原因が「免許制度と採用現場の乖離」にあることを現場で確認。訓練から就職まで一貫して設計するトータルコーディネートの必要性を確信した。現在までに30回以上のカナダ渡航を重ね、航空会社・フライトスクール・空港関係者との信頼ネットワークを構築。累計40名以上の訓練生を送り出し、国内外の航空会社で活躍するパイロットを輩出している。カナダのビザ制度にも精通。

Last Updated: 2026.08.12

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