日本ではMultiとIFRは完全に独立したライセンスです。しかしカナダ・アメリカには「どの機体でIFRを使うか」を区分するGroup・Add-on概念があります。この違いを知らずに訓練を進めると、Multi機でIFRが使えないまま帰国することになります。
この記事では、Multi+IFRの正しい取得順序・カナダ/アメリカ/日本の制度の違い・よくある落とし穴と対処法を解説します。
MultiとIFRとは何か——基礎から整理する
「MultiとIFRを両方取れば完成」——この認識が落とし穴の入口です。2つのライセンスの定義と、日本・カナダ・アメリカの制度の違いを正確に理解することが、無駄な費用と時間を防ぐ唯一の方法です。
多発限定変更
Multi-Engine Rating
エンジンが2基以上ある双発機を操縦するための資格です。単発機の免許に「多発機も操縦できる」という限定を追加するイメージで、CPL取得後に訓練・スキルテストを経て取得します。
計器飛行証明
Instrument Flight Rating
視界不良・雲中・夜間など計器だけを頼りに飛行する技術の証明です。エアライン・チャーター就職には事実上必須の資格で、計器飛行時間の積み上げとスキルテストが必要です。
日本人が陥りやすい誤解
「MultiとIFRを別々に取れば、Multi機でもIFRができる」——これは日本基準の発想です
日本(JCAB)ではMultiとIFRは完全に独立したライセンスです。Multiを持ちIFRを持っていれば、Multi機でのIFR飛行が認められます。しかしカナダ・アメリカではそうではありません。どの機体でIFRを行使できるかは、スキルテストをどの機体で実施したかによって決まります。この違いを知らないまま訓練を進めると、取得後に「Multi機でIFRが使えない」という現実に直面します。
多くの訓練生がフライトスクールやエージェントから満足のいく説明がないままバラバラに取得させられ、気づいたら自分はSingle(単発)でしかIFRができないという状況に陥っています。あるいはMultiでIFR訓練をしたのに、Check Ride(審査・試験)をSingleで受けたためにMultiでIFRができないというケースも普通に起きています。
だから何も知らないエージェントや、大々的な宣伝・豪華さ・就職率だけを売りにしているフライトスクールだけを信用してはいけないのです。この落とし穴に気づかないまま進むと、将来追加で200万円を失うことになります。
カナダ・アメリカのGroup・Add-on概念——ここが日本と根本的に違う
カナダとアメリカでは、「どの機体でIFRを行使できるか」はスキルテストをどの機体で受けたかによって決まります。MultiとIFRを別々に取るだけでは不十分です。この概念を理解することが、落とし穴を避ける核心です。
🇨🇦 カナダのGroup制度(Transport Canada)
通常の双発機(Conventional Twin-Engine)でのIFR
双発機でスキルテストを実施することで取得。Group 1を持つ者はGroup 2・Group 3の権限も含む。エアライン・チャーター就職を目指すなら必須。
多発センタースラスト機(Multi-Engine Centre Line Thrust)でのIFR
プロペラが機体中心線上に縦列配置された特殊な多発機でのIFR。現行として飛んでいる機体は一部です。スカイマスター(O-2)などが該当。一般的な訓練では取得機会がほとんどない区分。
単発機(Single-Engine)でのIFR
Single機でスキルテストを実施することで取得。Single機でのみIFRが使える。Multiを取得してもGroup 1スキルテストを受けない限り、Multi機でIFRは使えない。訓練生が最初に取得するのが多いのがこの区分。
取得パターン別「Multi機でIFRが使えるか」判定表
📊 取得パターン × 国別判定——Multi機でIFRは使えるか?
IFR(Single機で取得)→ Multi取得(順番バラバラ①)
両方持てばOK
未実施のためGroup 3止まり
未取得のため
Multi取得 → IFR(Single機でCheck Ride)(順番バラバラ②・最も多いミス)
両方持てばOK
受けたためGroup 3止まり
受けたため適用外
Multi取得 → IFR(Multi機でCheck Ride実施)= Group 1 / Multi-IFRコース
両方持てばOK
Single・Multi両方OK
として認められる
カナダ残留・帰国前にMultiのPICでIFR時間を積みたい場合(Group 2のまま)
経れば使える
MultiのPICでIFR不可
同様に不可
⚠️ Multiのギャランティーコースで帰国する場合の注意
Multiだけ取得して帰国し、JCABの書き換えプロセスを経ればMulti+IFRとして日本国内で飛べます。ただしカナダ残留組・帰国前にMultiのPICでIFR時間を積みたい場合はGroup 1が必須です。「日本に帰ればいい」という認識のまま進むと、カナダ滞在中に使えないライセンスを抱えることになります。残留か帰国かを早い段階で設計に組み込んでください。
アメリカ(FAA)のAdd-on概念
FAAではカナダのGroup制度とは異なりますが、結論は同じです。Single機でInstrument Rating(IFR)を取得した場合、Multi機でIFRを行使するには「Instrument Rating – Airplane(Multi-engine)」としてのPractical Test(実技試験)をMulti機で受ける必要があります。
Single機で取ったIFRはSingle機にのみ適用されます。MultiとIFRを別々のタイミングで取っても、FAAのルールではMulti機でのIFR行使は認められません。カナダと制度名称は異なりますが、「試験をどの機体で受けたか」が全てという点は共通しています。
日本との制度の違いが落とし穴を生む
日本で訓練を学んだ・日本の制度に慣れ親しんでいる人ほど、カナダ・アメリカでの落とし穴にはまりやすいです。「日本ではこうだから」という前提を一度リセットしてください。
日本(JCAB)の考え方
- MultiとIFRは完全に独立したライセンス
- 両方を取得すれば順序に関わらずMulti機でIFRが使える
- 「どの機体でスキルテストを受けたか」という概念がない
- Group制度・Add-on概念が存在しない
- 海外ライセンスを書き換えた場合はMulti+IFRとして使える
カナダ・アメリカの考え方
- IFRの行使範囲はスキルテストを受けた機体の区分で決まる
- Single機でCheck Rideを受けた場合、Multi機でIFRは使えない
- MultiとIFRを別々に取るだけでは不十分
- カナダはGroup 1・2・3、アメリカはAdd-on概念で区分
- カナダ残留中にMultiのPICでIFR時間を積みたい場合はGroup 1が必須
なぜこの違いが「200万円の損失」につながるのか
「後から追加で取ればいい」が最も高くつく
Single機でIFRを取得してからGroup 1を後で追加取得しようとすると、Multi機での追加IFR訓練・スキルテスト費用が丸ごと発生します。最初からGroup 1として設計すれば払わなかった費用です。
カナダでSeneca(PA-34)などの双発機を使ったIFR訓練は、シミュレーター・機体・Ground Schoolを含めると$20,000 CAD(約230万円)規模になるケースもあります。最初の設計ミスが、後から取り返しのつかないコストになります。
これを知らずに進ませるエージェントやフライトスクールを信用してはいけません。最初の説明の質が、あなたの訓練コストを決めます。
カナダでGroup 3(Single IFR)のみ取得して帰国した場合、JCABへの書き換え後は日本国内でMulti機のIFR飛行が可能になります。ただしこれはあくまで「帰国して書き換えた後」の話です。
カナダ在留中・帰国前にMultiのPICでIFR時間を積みたい・チャーターや地方航空でMulti機に乗務したいという場合は、カナダにいる間にGroup 1を取得していることが必須条件です。書き換え後にできることと、カナダにいる間にできることは別の話です。この点を混同しないようにしてください。
Multi+IFRの落とし穴を避ける——ベストな解決策
ここまで読んでいただければ、何が問題かは理解できたはずです。では具体的にどうすればいいのか。答えはシンプルです。
最初からMulti-IFRコース(Group 1)を選ぶ
Single IFRを先に取ってからMultiを取るのではなく、最初からMultiとIFRをGroup 1としてセットで設計する——これが唯一の正解です。Seneca PA-34のような双発機を使ったMulti-IFRコースがその典型例です。
このコースには単発での訓練10時間前後+多発での訓練15時間前後がそれぞれ組み込まれています。バラバラで取得するより費用が高く見えるかもしれませんが、それは見た目の話です。後から追加取得することを考えれば、はるかに費用を抑えられる上に、カナダ在留中からGroup 1として使えます。
見た目は安い→最終的に高くなる
- Single IFR取得(Group 3)
- Multi取得(Group 3のまま)
- 後からGroup 1追加→Multi IFR訓練丸ごと発生
- カナダ在留中はMultiでIFR使えない
- 時間・費用ともに二重にかかる
最初から完成形——追加費用ゼロ
- Single IFR訓練(約10時間)込み
- Multi IFR訓練(約15時間)込み
- Group 1スキルテストで一気に完成
- カナダ在留中からMultiでIFR使える
- 後から追加費用ゼロ
Multi-Engine Instrument Rating(Seneca PA-34)費用目安
📋 このほかにPPL・CPLなどの取得費用が別途必要です。Multi-IFRコースはあくまでライセンス取得の一部です。全体の訓練費用については各記事で詳しく解説しています。
推奨取得順序
PPL取得
全訓練の出発点。Single機で基礎技術を習得。
CPL取得
事業用操縦士免許。PIC 100時間を積みながら取得。
Multi-IFRコース(Group 1)を選択
Single IFR(Group 3)→ Multiの順ではなく、Multi-IFRコースとして一気に取得する。単発IFR訓練約10時間+多発IFR訓練約15時間を組み込んだコースでGroup 1スキルテストを受ける。
Group 1取得完了——Single・Multi両方でIFR使用可
カナダ在留中からMultiのPICでIFR時間を積み始められる。CFI・チャーター就職・残留キャリア全ての選択肢が開く。
カナダ残留・帰国——どちらを選んでもGroup 1が有利
Group 1は絶対条件
CFI・チャーター・リージョナルFOを目指すならGroup 1なしでは話になりません。PGWPを活用してMultiのPICで時間を積みたいならなおさらです。Group 3のままでは残留後のキャリアが大幅に制限されます。
Group 3でも書き換え後は使えるが……
帰国してJCABに書き換えるだけならGroup 3でも対応可能です。ただし将来また海外で飛ぶ可能性・書き換え後の技能審査・キャリアの選択肢を考えると、最初からGroup 1を取っておく方が間違いなく有利です。
費用が高く感じるかもしれません。しかしこのコースには単発で10時間前後、多発で15時間前後のそれぞれ分けたIFR訓練が盛り込まれています。バラバラで取得したり後から追加するよりはるかに費用を抑えられます。
よくある勘違いで「価格表を見ると個別の方が安い」「まずは最低限にしてからミニマムの見積もりをください」というお問い合わせをいただきます。できれば私にはそれを言わないでください。
あなたたちより何十倍も現場を見て対話を重ねています。最終的に高くなるケースが頻発しているのを目の当たりにしてきたからこそ、最初からGroup 1を勧めています。
この感覚は日本人特有の「お客様感覚」から来ているのかもしれません。しかし海外どころかパイロットとしてそのようなマインドは通用しません。実はそういう小さなところで資質というものが見られているのです。最初の設計が全てです。わからなければ相談してください。








